旅とは
芭蕉の"おくのほそ道"は、
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。・・・
といった書き出しではじまります。
これは、李白の「春夜宴 桃李園 序」に出てきます。
「夫天地者万物之逆旅、光陰者百代過客、浮生如 夢為 歓幾何、・・・」
という詩句を出典とする言葉ですが、刻々と過ぎ去っていく月日は、永遠の旅人であり、行く年、来る年もまた旅人である、というのです。
遥かなる遠い過去から流れ去った時は、現在を通過して、さらに遠い未来にむかって永遠に流れつづけます。
ときに今日でも、ふっとこういう思いのわくことが誰にでもあるのではないでしょうか。
李白は、天地は万物の逆旅、と言いました。
逆旅(げきりょ)とは、もともと旅人をむかえるの意であり、宿のことです。
つまり、天地とは万物のやどるところ、仮の宿なのだ、という思想なのです。
言い方を変えれば、光陰、つまり月日という旅人をむかえては送り、むかえては送る、この世はまさに逆旅、すなわち宿のようなものである、ということなのです。
・・・とすれば、くどいようですが、わたしたち自身もまた、時間の流れの一瞬の間に生まれ、死んでいく旅人であり、したがって人生とか生涯というものは旅人である一人、一人の旅そのものにほかならない、ということになります。