座るということ 2
その家は大正中期の80坪ほどの建築で畳敷の部屋と板廊下で、門構えが立派で、客用玄関と家族の勝手口がありました。
便所は家族用と使用人用で、台所は土間で下駄をはきます。
上水道はありましたが、マキからガスになったのは中学に入るころです。
家族たちの室内での生活はすべて畳面に坐る形式で、私だけが勉強用に腰かけと机を与えられました。
しかし、脚を折り曲げて机に向かって仕事をしている家人より、椅子に腰かけている私のほうの身分がどうのこうのとは考えてもみなかったのです。
夏休みになって泊りがけで遊びにゆく親戚の家には玄関脇に応接室があり、その家の主人たちの寝室はベッドで、食事は椅子に腰をかけてしていました。
いまからわずか数年前のことです。
日本にイス式が入ってきたのは5~6世紀ごろと思われますが、常にシナ文化の強い影響をうけていた日本でイス式に転じるのが世間一般の傾向であったのに、イス式が日本の住生活に定着しなかったのです。
・・・その理由は、6世紀ごろの貴族住居はユカのある家で、地面の湿気をさけることも、権威を示すことも、高ユカの家で目的を十分に満たしていたからだとある博士は指摘しておられます。
胡床と書いてアグラと読むことがいまではソファー 通販で購入したイスに腰かけることを意味しないのです。