座るということ 3
胡、つまり西域・西欧的な坐るとはイスなどの上に尻をおき足の裏で体重を支えた状態から移ることです。
建築の分野では畳の上で脚を折り曲げてすわる生活を坐式と呼び、椅子などを使ってのことを立式と呼んでいます。
立式生活では立っているより、何かに腰を支えているほうが楽な姿勢だと私は思っていますが、年のせいだけではないでしょう。
"何もありませんがどうぞ召し上がって下さい"と謙遜の意味を含めてあいさつをされた西欧人が、"何もないのをどうやって食べられるのか"といぶかるそうです。
椅子のない部屋に西欧人を通して、"どうぞお坐り下さい"といったら、椅子がないのにどうして坐るのか、と思うにちがいないのです。
西欧式ないわゆる立式生活では腰や身体を支えたときの姿勢で眼の位置が低く、床面により近いほど床面より高い人よりも楽な姿勢のようですね。
航空機のファースト・ツーリストクラス、ちがいは食事と座席ではないでしょうか。
高いほうは身体を支持してくれる座席の占有面積がツーリストクラスより広く、リクライニングにしたとき眼の高さがより低く、寝る姿勢により近くなって楽であることの価値だ、と私は思っています。
椅子に坐った上役の前で立って応対しているヒラは相手より目の位置が高いからといって礼を失しているのではないのです。
坐っているほうが楽なのです。
しかしわたしはいらないイスを家具 買取に出してしまいました。
今は床に坐る生活です。